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東京地方裁判所 昭和32年(行)17号 判決

原告 門脇良善

被告 東京都知事

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が港区芝海岸通り三丁目地先第二号公有水面未竣功埋立地四百二十三坪五合(以下本件土地という。)を訴外辰巳倉庫株式会社に対し貸し付けた処分を取り消す。被告は原告に対し別紙目録記載の桟橋を撤去せよ。」との趣旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和二十九年四月十七日訴外須賀原昇に金四万円を支払つて本件土地上に存在する倉庫の附属建物事務所風住宅建坪二十八坪(以下本件建物という。)のうち四坪に移転居住し、現在右四坪と北隣三坪合計七坪を占有している。

二、ところで、被告は昭和二十年十月一日本件土地を訴外興亜商事株式会社に貸し付け、その後訴外辰巳倉庫株式会社に肩代りを許して同会社に引き続き貸し付けたが、右貸付は左に述べるようにその貸付の動機および事由、また肩代りを許したいきさつ等にかんがみ、何ら正当な根拠および理由のないものであり、かつ、興亜商事株式会社と辰巳倉庫株式会社とが被告を欺罔した結果なされた違法な行政処分である。すなわち、

(一)  原告は須賀原昇との間に、原告が二箇年以内に本件建物から立ち退く場合は原告が須賀原に支払つた前記金四万円を返済してもらう旨の約束をしたが、同人はその後になつて、「金は費消してしまつたから最初の口約どおりあの建物をとつてもらいたい」と言つてきたので、原告は本件建物の所有者および本件建物が存在する土地について調査をした結果、次のような事実が判明した。

(二)  本件土地は、戦時中は東京都が旧陸軍省に貸し付けてあつた土地で旧陸軍需品部隊の基地となつており、本件建物は旧陸軍需品廠が建築し、同廠芝浦出張所として使用して需品関係の指揮に当つていたのである。そして終戦により昭和二十年九月末本件土地を含む芝浦海岸に米軍黒人兵が上陸して、旧陸軍省に出入りしていた商人の一人である吉村善三郎に対し、本件土地を含む芝浦海岸一帯に残存していた旧陸軍の遺留物資の取り片ずけを命じたので、吉村はそれらの物資を大蔵省等の機関に引き渡すべきに拘らず、興亜商事株式会社の役員すなわち銀座天賞堂新本父子、三浦武人、小川鍵二らと共謀して国に無断で他に売却してしまつた。そしてさらに同人らは残存していた本件建物、電話および本件土地を入手することを共謀し、そのために吉村の友人らを興亜商事株式会社の旧役員と交替させたうえ、本件建物、電話を同会社の所有物とし、本件土地については当時の東京都建設局港湾課土地管理係貸付主任秋田某をろうらくし、本件建物は興亜商事株式会社が陸軍省需品廠の依頼によつて建築したのであつて、同会社の所有建物であるかのように申し出、秋田某はそのような事実についての確証がないのに上司の決裁を得、その結果、被告は不法にも本件土地上に存在する本件建物が他の倉庫六十六坪一棟などとともに興亜商事株式会社の所有建物であることを理由として昭和二十年十月一日本件土地を同会社に貸し付け、同会社はついに本件土地を入手するに至つたのである。その後、興亜商事株式会社は昭和二十四年九月二十五日にいたり辰巳倉庫株式会社その他の者らと謀り、かつ、右のような不法な行為をいんぺいするために本件建物を辰巳倉庫株式会社に対して売却した旨の形式をとつたうえ、同会社は本件建物の敷地についてその地上権を得るために本件建物を確保する必要上、昭和二十五年十二月十五日港税務所に新築届(本件建物は未登記であつた)をし、翌昭和二十六年一月十七日東京法務局芝出張所に対し虚偽の申告をして本件建物の保存登記を了した。

(三)  右のような事実が判明した。このように興亜商事株式会社と辰巳倉庫株式会社とが被告を欺罔して本件土地の貸付の許可を受けたことは公共の福祉を阻害する行為であり、被告は公共団体の長として社会共同の福祉を増進する唯一の責任者であるべきところ、その管理に属する本件土地を、故意に本件土地上に存在する本件建物が興亜商事株式会社の所有建物であるとしてその故に本件土地を同会社に貸し付け、更に前記のように不法な行為によつて本件建物につき無効な保存登記をした辰巳倉庫株式会社に本件土地の貸付につき肩代りを許可し、引き続き同会社に貸し付けたことは著しく社会の公益および福祉の目的を阻害する違法な行為である。

三、右のように被告が本件土地を辰巳倉庫株式会社に貸し付けた処分は違法であるところ、原告は本件建物の所有権者であると称する同会社から昭和三十年六月二日本件建物の明渡請求の訴(その争点は本件建物が同会社の所有に属するものであるかどうかである。)を提起され、現在東京地方裁判所昭和三十一年(レ)第五一六号控訴事件として係属審理中であり、原告はこれにより著しい損害を受けるので被告がした同会社に対する右貸付処分の取消と、原状回復として別紙目録記載の桟橋の撤去とを求めるため本訴に及んだ。

右のように述べ、被告の本案前の答弁に対し次のように述べた。

本件建物がもと旧陸軍省の所有に属することは明らかで、公有水面埋立法規上からも民間人の建物でないこと明白であるのに、東京都の公務員は右事情を知り乍ら興亜商事株式会社その他の者らに買収され、その結果被告は故意に同会社の所有建物であるとして本件土地を同会社に貸し付け、さらに違法な行為によつて本件建物につき無効な保存登記をした辰巳倉庫株式会社に対し、それが不法な登記であることを知り乍ら同会社に肩代り貸付を許したのであるから、公共の福祉に反する貸付をしたことは明らかで、原告に本訴請求権がない旨の答弁は被告がその責任を回避しようとするための詭弁である。

被告指定代理人は、本案前の答弁として主文同旨の判決を求め、その理由として、本件訴は次の各理由により不適法として却下さるべきであると述べた。

一、被告がした本件土地の興亜商事株式会社および辰巳倉庫株式会社に対する貸付行為は、同各会社との間になした単なる民事上の契約であつて、行政処分ではない。

二、原告は、その主張自体から明らかなように、本件土地上に存在する本件建物のうち七坪を占有している者であつて、被告が前記各会社に対してなした本件土地の貸付とは何ら関係のない第三者である。したがつて、かりに右貸付が違法に行われたものであつたとしても、そのことによつて原告の権利が侵害されることはあり得ないから、原告の本訴請求は訴の利益がない。

理由

原告は、被告が本件土地を辰巳倉庫株式会社に対して貸し付けた処分(原告はいわゆる行政処分であると主張する。)を取り消す旨の判決を求め、被告は、被告がした貸付行為は行政処分でないこと、貸付によつて原告の権利が侵害されることはないことを理由に本件訴を却下する旨の判決を求める。

およそ行政処分が違法であるとしてその取消を求める訴の原告は、必ずしも当該処分の相手方であることを必要とはしないが、その処分によつて権利を害され、その処分が取り消されることに具体的な利益を有する者でなければならないと解すべきである。

ところで原告の主張によれば、原告は本件建物の一部四坪とその隣三坪合計七坪を占有してこれに居住しているところ、昭和三十年六月二日本件建物の所有権者であると称する辰巳倉庫株式会社から本件建物の明渡請求訴訟を提起された。しかし、本件建物はもと旧陸軍需品廠が建築し、その所有に属するものであるし、本件建物の敷地である本件土地も、かつて東京都が旧陸軍省に貸し付けてあつた土地であるのに、被告は故意に本件建物がもと興亜商事株式会社の所有建物であり、後に辰巳倉庫株式会社の所有建物になつたとしてその理由により、本件土地を、はじめ興亜商事株式会社に貸し付け、後に辰巳倉庫株式会社に引き続き貸し付けたのは違法な処分である、原告は右のように辰巳倉庫株式会社から同会社が本件建物の所有権者でないのに、所有権者であるとして本件建物の明渡を求められており、これによつて著しい損害を受けるから辰巳倉庫株式会社に対する本件土地の貸付処分の取消を求めるというにある。

原告の右主張事実によつて考えれば、原告が本件建物を明け渡さなければならないかどうかは、本件建物の所有権が辰巳倉庫株式会社に属するかどうかの判断に尽きることになる。然し乍ら、そのことと、被告が本件土地を辰巳倉庫株式会社に貸し付けたことは無関係なことである。何故なら、被告が本件建物の所有権が辰巳倉庫株式会社に属するとして本件土地を同会社に貸し付けたものとしても、その故に当然に本件建物の所有権者が同会社であることに確定されるわけではないからであるし、同会社の、本件建物の所有権者は同会社であるとの主張に対しては、原告が本件で主張するような事実を立証することによつて十分その目的を達し得る筋合である。

原告は、原告が辰巳倉庫株式会社から明渡を求められるに至つたのは、遡れば被告が故意に同会社を本件建物の所有権者であると認めて違法に貸し付けたことの結果であるかの如く主張するのは原告の速断にすぎないというべきである。

右に述べたとおり、かりに原告主張のように、被告が故意に辰巳倉庫株式会社に本件建物の所有権が属するとして本件土地を同会社に不法に貸し付けたとしてもその貸付行為は原告に対し何らの影響を及ぼすものではないから、原告の権利を侵害する余地はあり得ない。

それであるから、被告のその余の主張について判断するまでもなく前説示の理由により原告は本件訴の原告として原告主張のような貸付行為の取消を求める訴の利益を有しない。

なお原告は桟橋の撤去を求めるが、原告が右撤去につき被告に対し独立の請求権を有し、これに基く請求ではなくて、被告のした本件土地の貸付行為が行政処分として取り消さるべきものであることを前提として、これにともなう原状回復として撤去を求めるものであるところ、前記のように原告が右貸付行為の取消を求める訴の利益を有しない以上、右撤去を求める利益もまた有しないというべきである。

よつて本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 秋吉稔弘)

(別紙省略)

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